2013年初夏、私はそれから長きに渡る挑戦となるあわら市議会議員選挙に立候補しました。
政治の世界で必要といわれる地盤、かばん、看板といった候補者適正を持たない私ですが、生まれ育った故郷の為に仕事をさせていただきたいとの想いがあったからです。

「振気」

 東日本大震災や世界同時株安が起こり、政治不振や不景気を肌で感じていた私にとって、全国でこの空気を何とかしようと立ち上がっている若者の姿はとても刺激的で、心を奮い立たせる動機へとなっていきました。

「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」

学歴も何も持たない者が必死になって行動を起こす姿に、同じような境遇の自分も身近な政治の世界を変えるために行動すべきだ、と。
しかし、選挙という現実は中卒のアホに何が出来るんやとか、若いだけで新聞も読まない、勉強もしない馬鹿やとか、当たり前の事を突き付けられたのが結果でした。

 何度かの選挙を経て自分は信頼も信用もされていないのだと感じました。30も半ばをすぎると若くもないし、何も持たないでやっていけるほど議会も世の中も甘くはない。それならばと、過去にやり残してきた夢に再チャレンジする事にしました。

「国家8士業の取得へ」

 行政書士への道は過酷でした。
土木・解体工事業はご批判の通り、最底辺の仕事だと思います。中卒だらけで脳みそまで筋肉だとか言われる仕事です。週6で朝は6時に家を出て、夜の18時に帰ってきます。それに睡眠時間や身支度を入れると、勉強出来る時間はせいぜい3時間です。それを1年間通して実践すれば1000時間作る事ができます。それでやっと法律の初学者が戦える試験です。
 私は1764時間、六回の試験を経て行政書士登録をする事ができました。
「簡単やったんか?」「行政書士なんて意味ないよ」
今でもそれが私の信用と評価なのです。

「専門がない事がむしろ専門となる」

 私は行政書士の心得として、伊藤塾の平林勉講師のこの言葉を胸に、知識を現代の刀に変えて士業に務めています。
 日本の権力には司法、立法、行政の三権があります。行政権とは、詳しく説明すると司法と立法の権力を除いたその他の行政作用をいう。これを控除説という。つまり、これぞ行政のやる事と専門性が無くとも行政権という国家権力が憲法で認められて、その事務が予定されている。
 行政書士には許認可などの典型的な申請業務を除いて、登記とか訴訟などの資格独占業務という専門性がない。これは行政及び社会の仕組みとして、あらゆる分野において専門外の専門性が必要な事が予定されているからである。
 行政書士に専門性がないからといって、意味がない資格だというのは、法律上、控除説上、どういった説明をしてそうなるのか100回聞いてみたいのである。(一部引用、平林勉)
 ともあれ、職務上請求の出来る国家資格に関してはこの8士業にしか認められておらず、我々は国民の権利利益の実現に資することを使命としているのである。
 ちなみになんですが、私が使用した通信講座は「最短ルート、アガルート」で有名なアガルートさんです。

 初めて立候補した時からずっと応援してくれている後援会も、今では亡くなられた方もたくさんおられます。両親も十何年前と比べると身体も悪くなりずいぶんと弱ってしまいました。しかし私の心の中にある想いとしては地元古町、選挙を手伝ってくれた仲間、私を信じて投票してくれた方々に、当選して議員になった姿を見せたい。何度選挙に落ちようが、努力を続け、諦めないでやり続ける事の大切さ。腐らないで成長する、絶対に恩返しすると突き進む姿に、やっぱり角谷を信じて良かったと思ってもらいたい。

「何度生まれ変わっても」

 私は27才の時に本当は立候補したいのに、何かと理由をつけて諦めました。それ以来、自分に自信が無くなって、緊張や不安を感じるようになってしまいました。結果がどうであっても、挑戦しなかった事の後悔ほど悔しい事はないんだと知りました。
 出会った人たちが、福井に夢を見れない、仕事が無いと県外へ行ってしまう。やりたい夢がなく、仕事にやりがいを見出せない。人生に生きがいを持てない。そんな若者達を数多く見てきました。最底辺の暮らしの中でも、あきらめずに努力をすれば、中卒のバカでも人生を変える事ができる。10年という果てしなく長く、過ぎれば短い時間の中で、解体業界の中からでも行政書士になるバカを出す事が出来た。誰しもに可能性があり、上手くやってこれた人にだけしか出来ないという事はない。不器用にしか生きれない者達が、このあわらを夢であふれる日本一の自慢できる街にしようじゃないか。
 何度生まれ変わっても、この街に生まれ、そしてこの街のために働きたい。
 私の心がずっとそう言っている。